
バクタプルは889年にアナンダ・デヴ王によって築かれ、その後12世紀~18世紀の間、首都のひとつとして栄えました。別名「バドガオン」(信仰の町)とも呼ばれており、カトマンズ・パタン同様カトマンズ盆地内の代表的な古都ですが、ネワール族の町の中ではこのバクタプルが一番中世の町並みをそのまま残しているといえます。喧騒のカトマンズに対し、田園地帯の小高い丘の上の、のんびりとした非常に静かな、人口22万人ほどの小さな町です。住民の8割以上がネワール族で、農業に従事している人がほとんどです。1934年の大地震で、数多くの寺院や僧院、民家が被害を受けましたが、1970年代以降、復興が進み、今でも世界に誇るネワール族のすばらしい建築物や彫刻を見ることができます。赤レンガ造りの町並みの中を散策していると中世の世界を歩いているような不思議な気分にさせられます。
晴れた日にはヒマラヤを望むことが出来ます。

ダルバール広場
Photo by:西遊旅行
旧王宮前にある広場で、旧王宮・寺院を中心にすばらしいネワール建築の数々を見ることができます。建物の多くは17~18世紀のネワール美術の花開いたマッラ朝のものです。カトマンズ、パタンにもダルバール広場があり、皆すばらしいですが、このバクタプルのものが一番美しいとされています。広々とした広場は寺院やモニュメントに囲まれ、独特の雰囲気をかもし出しています。
ダルバールスクエアから細い小道でつながっています。カトマンズ盆地で一番高い寺院であるニャタポラ寺院を始め、17世紀~18世紀に造られた寺院の数々があります。

ニャタポラ寺院
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1702年にプパティンドラ・マッラ王により建立されたカトマンズ盆地で一番高い30mの寺院で、バクタプルの町の外からでも目にすることが出来ます。「ニャタポラ」とは、「五重の屋根」という意味で、この寺院は5段の基壇と五層の塔で成り立っています。石段の両側には下から順に伝説の戦士(ジャヤ・マッラとパッタ・マッラ)・象・獅子・グリフィン・女神の石像が守護神として1対ずつ置かれており、普通の人間の10倍の力を持つ、といわれる伝説の戦士から順に上に行くにつれて力がさらに10倍ずつアップするといわれています。この寺院の本尊は女神シッディ・ラクシュミであるといわれていますが、扉は釘付けされており、一度も開けられたことがありません。
1934年の大地震の際にも、この寺院は最小限の被害にとどまったため、建築技術の高さが評価されています。5段の基壇の上に立つと町を見渡すことが出来ます。
17世紀初め、ジャガット・ジョティ・マッラ王の時代に建てられ、その後1718年にブパティンドラ・マッラ王により増築されました。ヒンドゥー教の寺院で、本尊としてシヴァの化身であるバイラブが祀られています。1934年の大地震で大きな被害を受けたため、現在の建物はその後に再建されたものです。最初に建てられたときは1層、その後の増築で2層に、大地震後の再建で3層に造りかえられ、現在の姿になっています。
二重の屋根を持つヒンドゥー教の寺院で、本尊はヴィシュヌです。バクタプルで最も古い寺院の一つであると言われています。正面の高い柱の上にはガルーダの石像があります。あまり目立たない寺院ではありますが、ヒンドゥー教徒にとっては重要な寺院で、巡礼者が絶えません。

バクタプル
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14世紀に造られたバクタプルで最も古い広場です。かつては町の中心部で、最も重要な場所であったとされています。広場を囲む町並みは伝統的なネワール建築の建物が多く、窓の装飾を見ながら歩くのもまた楽しみのひとつです。
1427年にヤクシャ・マッラ王の統治時代に建立され、1458年にビシュワ・マッラ王により、改築されました。1本の木から彫りだされたといわれている寺院です。ヒンドゥー教の寺院で、 本尊はヴィシュヌの化身であるダッタトラヤです。 寺の正面には、柱があり、その上にはヴィシュヌの乗り物であるガルーダの像があります。 また、入り口には、伝説の戦士のジャヤ・マッラとパッタ・マッラの像が一対あります。ダッタトラヤはブッダのいとこであるとされるため、仏教徒にとっても重要な寺院で、ヒンドゥー教・仏教の両教徒が参拝します。この寺院はもともとただの休憩所として造られたものでしたが、1958年の改築以降重要な寺院になったといわれています。増築されて3層になった寺院はヒンドゥー教における三位一体の神をあらわすといわれています。
1605年~1655年の間に建てられたといわれている、広場をはさんでダッタトラヤ寺院の向かいに建つ寺院です。本尊はビムセン、またの名をビマという「マハーバーラタ」に出てくる英雄です。ビムセンは職人や商人にとっての守護神でもあります。寺院の前にある柱の上にはライオンの像があります。また、裏手にはビムセン・ポカリと呼ばれるバクタプルで一番大きな水場があります。
今は木彫博物館になっている建物で、15世紀のヤクシャ・マッラ王の時代に造られ、1763年にラム・ダッタ・ギリという僧によって改築されました。かつてはヒンドゥー教の僧院として使われていましたが、今は木彫博物館になっています。この建物の外側にある孔雀の窓がネパール工芸美術の最高傑作として世界的に評価されています。羽をいっぱいに広げた孔雀の周りには小さな鳥が35羽、そのほかにも幾何学模様や悪魔、動物などが彫りこまれ、見るものを圧倒する美しさを誇っています。この建物には他にも美しい扉や窓があり、建物自体が美術品のようです。
15世紀に建てられた建物で、木彫博物館の向かいにあります。カトマンズ盆地中から集められた神々の銅像、真鍮製品、インク壷、ランプ台、金属工芸品などが展示されています。

ヴェーダ神話に登場する暴風雨神ルドラを前身とし、リグ・ヴェーダでは、「シヴァ」はルドラの別名として現われている。暴風雨は、破壊的な風水害ももたらすが、同時に土地に水をもたらして植物を育てるという二面性がある。このような災いと恩恵を共にもたらす性格は、後のシヴァにも受け継がれている。
ヒンドゥー教の三神一体(トリムールティ)論では、3つの重要な神の1人として扱われ、世界の寿命が尽きた時、世界を破壊して次の世界創造に備える役目をしている。
シヴァの妻はパールヴァティーで、その間の子供がガネーシャ(歓喜天)である。軍神スカンダ(韋駄天)は、シヴァの精をアグニやガンガーに媒介させてもうけた子である。
また、シヴァ神の乗物はナンディンと呼ばれる牛で、ナンディンも神として崇拝されている。通常、シヴァの寺院の前にはナンディンが祭られている。

サドゥ
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シヴァの姿が人間的に描かれる時には、皮膚の色は青黒い色で、髪の毛は長く頭の上に巻いてあり、裸に短い腰巻だけをまとい、片手に先が3つに分かれた「トリシューラ」と呼ばれる鉾を持っている。「ピナーカ」と呼ばれる弓を持つ場合もあるが、しばしばトリシューラと混同されている。両目の間には第3の目が開いており、彼が怒る時には激しい炎(パスパタという投げ槍として現す事も)が出て来て全てを焼き尽くすとされる。額には白く横に3本の線が描かれる。腰巻は多くの場合虎の皮で描かれる。
頭頂部からは小さな噴水の様に水が吹き出しており、これはヒマラヤ山脈におけるガンジス川の始まりの水を示す。また、首を持ち上げたコブラとともに描かれる。
ヒマラヤのカイラーサ山がシヴァの住いで、瞑想に励んでいるとも言われる。サドゥと呼ばれるヒンドゥー教の修行者の一部、特にヒマラヤ周辺の修行者は、上のシヴァの姿に良く似た姿をしている。
サドゥーの実態に関しては様々な意見があり、サドゥ本人たちも自分がシヴァの化身であると考えていたり、そうではないという考えを持っていたり、何も考えていなかったり、実に意見は様々である。
それというのもヒンドゥー教は自由な考え方が容認されているからである。サドゥに対する考え方は実に奥が深く、これがサドゥであるという正解はない。皆さんの想像するサドゥはどんな人物でしょうか?