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ゴアは1961年インドに併合され、1987年以降パナジを首府とするゴア州が設置されており、州の人口は135万人である。
州内では英語やコンカニー語などが使用されているが、ポルトガル語を話す住民も30,000から50,000人程度存在する。
1986年には聖フランシスコ・ザビエルの墓を収容するボム・ジェズ・バシリカや聖フランシス修道院などポルトガル時代のキリスト教建築が「ゴアの聖堂と修道院」としてユネスコ世界遺産に登録された。
リゾート地であり、サイケデリックトランスの素子であるゴアトランスの発祥の地でもある。
ゴア  出典:フリー百科辞典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ゴアの地図
GOA MAP
Wikimedia Commons

ゴアはインド西海岸中部のマンドウィー河の河口にある島に位置し、天然の良港を有する。16世紀初めにはイスラーム王朝のビジャープル王国の重要都市であった。1510年2月ポルトガルのインド総督アフォンソ・デ・アルブケルケが1,000人のポルトガル兵を率いて来航し、この都市を降伏させた。しかし、ゴアの要塞が老巧化しており使えなかったため、同年5月にビジャープル王国のスルタンが50,000の兵を率いて攻撃してくると一旦引き上げた。アフォンソ・デ・アルブケルケはポルトガル本国からの増援が到着すると、同年11月2,000のポルトガル兵によってゴアを再び陥落させた。ビジャープルのスルタンは何度もゴアを攻撃したが、奪回できなかった。1512年にはゴア要塞へ通じる水路を制するベナステリム要塞を奪取し、ゴアに病院といくつかの教会を建設した。

黄金のゴア

1530年、ポルトガル領インドの首府はコーチンからゴアに移され、アジアの全植民地を統治するポルトガルのインド総督あるいはインド副王が駐在した。ゴアとリスボンの間には喜望峰経由の定期航路が開かれ、多くのポルトガル人をアジアに送り出し、アジアの富をポルトガルに持ち帰った。1534年にはローマ教会の大司教座が設置され、ローマ教会において全アジアを管轄する中心となり、これを機にサンタ・カタリナ大聖堂が建設された(1562年~1619年)。17世紀初頭のゴアはモザンビークから長崎に広がるポルトガル海上帝国の首府として「東洋のローマ」と呼ばれる黄金時代を迎えた。当時のゴアの人口は20万人に達し、市内には壮麗な教会や修道院、総督府などの建物が立ち並んで、ヨーロッパの都市にも引けを取らなかったとされる。

ゴアの衰退

17世紀にアジアに進出したオランダがポルトガル船を拿捕したり、マラッカなどポルトガル植民地を奪取すると、ポルトガルの海上覇権は次第に衰えていった。しかし、オランダはゴアを何度も包囲したが、ゴアを陥落させることはできなかった。その後、イギリスがインドに植民地帝国を建設した時も、ポルトガルはゴア、ディーウ、ダマンなどの都市の領有を保持した。インドがイギリスから独立するとインド政府はポルトガルにも領土の返還を求めたが、当時のアントニオ・サラザール独裁政権は応じなかった。このため1961年インド国民軍がポルトガル領の都市に武力侵攻し、インドにおけるポルトガルの植民地支配はようやく終結した。

現在のゴア

ゴアは1961年インドに併合され、1987年以降パナジを首府とするゴア州が設置されており、州の人口は135万人である。
州内では英語やコンカニー語などが使用されているが、ポルトガル語を話す住民も30,000から50,000人程度存在する。
1986年には聖フランシスコ・ザビエルの墓を収容するボム・ジェズ・バシリカや聖フランシス修道院などポルトガル時代のキリスト教建築が「ゴアの聖堂と修道院」としてユネスコ世界遺産に登録された。
リゾート地であり、サイケデリックトランスの素子であるゴアトランスの発祥の地でもある。

ゴアの教会群と修道院群

ボム・ジェス教会
ボム・ジェス教会、1594
Basilica of Bom Jesus,1594

かつての最盛期「黄金の街」ゴアは現在「ゴア」の名前はインドの一つの州として残っている。一般的には「ゴア」と呼ぶ場合は州都パナジPanaji(パンジムPanjim)を指している。ポルトガル植民地時代の首都「ゴア」はパナジ(パンジム)から少し内陸に入った所に「オールド・ゴア(Old Goa)」として残っている。
そして 「ゴヤの教会群と修道院群」として1986年に世界文化遺産登録された。
かつて 「黄金のゴア」 の異名を誇ったこの町も、現在はすっかりさびれている印象を多くの人が持つそうだが、かつての栄光と繁栄に思いを馳せ、時の流れを強く感じることができるのではないだろうか。

「ボム・ジェス教会(Basilica of Bom Jesus)」

1510年にポルトガル人がゴアを占領した際、イスラムの寺院は破壊され、リスボンを真似た街を造った。教会、修道院が次々と建てられ、そしてゴアはキリスト教の東方への布教の為の拠点となった。
「ボム・ジェス教会(Basilica of Bom Jesus)」は1594年に建てられ、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルの遺体が安置されていることで広く知られている。しかし、熱心な信者が遺体の足指を噛み切ってしまったことで、いまは10年に一度しか公開されていない。ガラス窓から少し覗く事は可能だそうだ。又、教会の中にはザビエルの布教の様子を描いた絵が沢山飾ってある。
世界遺産といっても、日常的に人々が熱心に祈りを捧げに訪れている教会であり、この地の人々に深く根付いている。

アッシジの聖フランシス修道院
アッシジの聖フランシス修道院、1521
Conven tof St.Francis of Assisi

「アッシジの聖フランシス修道院(Conven tof St.Francis of Assisi)」

1521年建立の修道院であり、先のボム・ジェス教会と道を隔てて建っている。現在の建物は1661年に再建されたもの。礼拝堂には聖フランシスコを描いた16枚の絵画が飾られている。礼拝堂以外は現在は考古学博物館(Archaeological Museum)となっており、キリスト像やヒンドゥー教の諸神像、ヴァスコ・ダ・ガマの絵などの展示がされている。

「セ・カテドラル(Se Cathedral)」

修道院の隣りに建つカテドラルは現存するインド最大のキリスト教聖堂である。
16世紀から17世紀に建てられた。内部には8つの小聖堂があり、美しい金箔を張った主祭壇がある。
そして、この教会の鐘は毎日12時30分に澄んだ音色を響かせている。音色がとても美しく、人々に愛され「黄金の鐘」と呼ばれているそうだ。

ゴアトランス

上記にゴアの歴史や世界遺産をざっとご紹介したが、ゴアの面白さは一方で時が止まっている様な古い教会群が佇み、一方でガンガンにゴアトランスが流れ、人々が踊り狂っているところではないだろうか。小さなこの州のなかに、全く異なる方向を向くパワーが共存している不思議。
アラビア海に沈む夕日はゴアの名物だそうだ。静と動、相反するものを淡々と呑み込んで行く、太陽は、時、世界中から集まるパーティーピープルの熱気、地元の人の日々の営み、私達を遥か昔から全て見ていて、何も言わずに全て呑み込み、今日も世界は少しづつ動いていく。

次にゴアトランスを少し紹介しておこう。
出典:フリー百科辞典『ウィキペディア(Wikipedia)』ーゴアトランスーより

ゴアトランス(英語 Goa Trance)は電子音楽の1種のトランスの1ジャンルである。そのまま、ゴアと呼ばれたり、604などと呼ばれたりもする。 1990年代始めにインドのゴアで生まれた。
1980年代後半にドイツで誕生したトランスが、ヒッピーの聖地、インドのゴア海岸で発展したトランス。
ゴアそのもにはそれ以前はトランスと呼ばれる音楽はなく、RockやAcid HouseがPartyで流れていた。 有名なDJのRaja RamやGoa Gillはこの頃から活躍していた。 イスラム音階などの民族音階を用いたメロディや、宗教を思わせる民族的なパーカッションや音声をサンプリングし、有機的で民族的な楽曲が多いのが大きな特徴である。 1990年代前半から後半にかけて大きく流行したが、現在ではゴアトランスから発展したサイケデリックトランスに取って代わられた感がある。

なお、当時シーンを牽引したアーティストはイスラエル出身が多かったためイスラエルトランスとも呼ばれる。 代表的なアーティスト:Man With No Name、Raja Ram率いるT.I.P(The Infinity project)、Kox Box、Hallucinogen、Astral Projection、Juno Reactor、Total Eclipse、トラヴェラーズ系バンドのOZRIC TENTACLESから派生したEAT STATICなど。 ジャケットデザインもヒンドゥー教の神々をあしらったものや、LSDなどのトリップ感をイメージしたものが多かった。

ゴアトランスは、1994年~1998年ごろに最盛期を迎え、その後、製作・人気の両方の面で急激な衰退を迎えた。それに代わるように、サイケデリックトランス、またはサイトランスと呼ばれるジャンルの隆盛が始まった。
ゴアトランスは、1990年代後半から2000年初頭にかけてのサイケデリックトランスの出現に大きな影響を及ぼしている。 この時期は、この2つのジャンルが融合を果たした時期といえる。専門的な定義を除けば、ゴアトランスとサイケデリックトランスの区別は、個人の好みの問題となっている。 よって、その2つを同義語として使う者もいれば、それを聞き分ける者もいる。
例えば、「無機質なサイケデリックトランス」と「有機的なゴアトランス」のように区別する者がいる。 但し、この2つのジャンルは、調性の質、構造、感覚において、音波的な区別ができることも事実である。

多くの国において、ゴアトランスは、他のジャンルのトランス音楽と比較すると、アンダーグランドな存在であり、あまり商業的な音楽であるとは言えない。ゴアトランスは、クラブでかけられるというよりは、野外パーティー(レイヴと呼ばれることが多い)や野外フェスタで耳にすることが多い。一般的なトランス音楽と異なるものとして、ゴアトランスを聞くことのできる重要なコンピレーションやアルバムとしては、「Project II Trance」やdragonfly recordsの「Order Odonata」を挙げることができる。

「世界ぷらぷら」'世界一周バックパッカーtaka&mayuさん'のゴア日記

世界一周バックパッカーのお二人
「世界ぷらぷら」中!taka,mayuさん
2004/11/9〜現在 61カ国目!!

世界一周バックパッカーのお二人
世界をぷらぷら歩く

旅の病がぶり返して会社を辞めてしまった踊り好きなタカが世界一周らしき(?)ぷらぷらの旅に出,た。現地の旅情報や、旅の様子をリアルタイムに更新!!(バックパッカー世界一周!)

なウェブサイト「世界ぷらぷら」、凄いです。
はじめてのメールのご返信はエジプトから。
「羨ましー♪」なんて遠いエジプトに思いを馳せていると、現在(07’6月18日)はイエメンに!
出発から951日!!訪れた国61ヶ国!!お二人の旅はまだまだ続くのか、まさにぷらぷらなお二人です。

そんなお二人の莫大な旅の記録「世界ぷらぷらーDiary」より、ゴアのパーティーの様子をいくつかご紹介させて頂きます。

初パーティ in GOA,2005

初パーティ in GOA,2005。

初っ端は、ビーチでのパーティ! アランボールは場所も良い。
私たちの泊まっているアンジュナからは、バイクで40〜50分ほどと随分遠いけれど、砂浜の突端で人もいないし雰囲気がある。

17時からという情報を聞いて、日本人たちが集まってパーティ会場に向かう。 しかし、会場近辺には人はいない。 「パーティはやってます?」 「中止になったらしい。」 「20時から音が出るって。」 「24時から音が出るらしい。」 「01時から音が出るよ。」 いろんな話が聞こえてくるけれど、会場と思われる場所にはスピーカやブラックライトもある。
今日は、ここでパーティがあると信じて時間を潰す。いったん戻った方がラクなのだけれど、遠いので往復するのも面倒なのだ。 夕飯を食べたりインターネットなどをして、何とか23時になる。会場の近くで待機。
音が流れてくる・・・。(開始かぁ〜!!)
あれっ、止まった。(また調整かぁ〜。)
音が流れてくる・・・。(開始かぁ〜!!)
そんなことを繰り返し、01時頃にようやく本格的に開始!!

待ちに待った「音」。しかし、つなぎがイマイチでどうも乗れない。夜は長いのでのんびり待つ。(いやぁ〜、ゴアにやって来たって感じだなぁ〜。)
夜も更け、人もさらにさらに増えてくる。ほぼ暗闇になてしまった海沿いの道を、1kmも歩いて行かないとパーティ会場に着かないのだ。(ああぁ〜、もう眠たいけれど、この雰囲気さいこう〜!!)てな感じ。太陽が山の間から顔を出し、暑くなってくる。野外パーティの醍醐味を久しぶりに満喫だ。テントやバーベキューセットなどがあったら、もっとさいこうだなぁ〜。

ゴア

ゴアに集まる日本人達

ゴア。 場所が場所だけに、時期が時期だけに、集まってくる人たちも他の場所とは少し違う。
日本からゴアだけ目当てにやってきて長期滞在する人も多いし、年末年始の短い休暇でゴアだけを往復する人もいる。
インドや各地を旅している人でも、敢えて年末をゴアに選ぶ人は多い。 完全に夜型になり夜は起きている人も多い。 朝昼がなくなり、寝たいときに寝て起きたい時に起きる人も多い。 こんな生活ばかりしている日本人が集まって来ている、というのも場所柄というか。
トランスを好きな人はもちろん、JAMバンドが好きな人たちも含まれている。それに、だらだら好きも多い。 DJをする人、楽器を持って旅行している人。そんな人も多い。

カウントダウン’05

カウントダウン '05(ゴア)

カウントダウンである!新年である!
できる限りの準備をし、ヒルトップの会場へと急いだ。時間はもう夜11時。今年もあと1時間で終わりだ!
ヒルトップへ向かう途中の交差点は大渋滞。人をこんなに見るのもゴアに来て初めてだ。みんな浮かれ気分でそれぞれに思い思いの場所へ急いでいる感じだ。
ヒルトップへ向かっている人はかなりの量だろう。情報は隅々まで行き渡ったようで、会場の駐車場からチケット売り場、入口まで大渋滞。しかもカウントダウンまであと1時間といったところなので、入れるか入れないかのせめぎ合いでみんな必死だ。
私たちは隣のてっぺい君がみんなの分をまとめてチケットを買ってくれ、さほど待つことなく中に入ることができた。

ヒルトップは予想以上にでかい。ここは本来ホテルでもあり、ホテルに泊まっている人は無料で参加できてしまうんだろうか?だとしたら羨ましい。ちなみに入場料は500Rs。皆、いつもは渋るのに今日だけは余裕顔で払ってしまうところがさすがである。
会場に入った途端、みんな感嘆の声を上げた。「すご〜!デコがきれい!」「うわー!これでなきゃね!」
レベルとしては日本のパーティーに近い。デコレーションも凝っていてきれいだし、スピーカーの音も雰囲気も人の入りようも素晴らしい。これでなきゃ年末じゃないでしょうって具合に。みんなゴアでのパーティー状況に不満を抱いていただけに感動が大きいようだ。音もいいし、楽しい!

が、不満がひとつ。ずばり、インド人の痴漢である。金持ちインド人がたくさん遊びに来ていて、客の半分ぐらいはインド人だ。それは一向に構わないのだが、フロアなどで踊っているとドサクサに紛れてお尻や腰に触わってくるのだ!さらに加えてはナンパ。1人で踊っていると、だいたいインド人が声をかけて来る。決してフレンドリーとは言えない状況である。一緒に踊ろう?なーんて、日本のトランスパーティーでは言わないぞ〜!
混んでいることと、お酒が入っているなどの状況に甘えているのだろうか?本気でやめて欲しいと思ってしまった。(一緒にいた女の子はみんな被害を受けていた。)

タカはタカで靴を盗まれた。日本人みんなで輪になっているところに、いつの間にかインド人やらが入り込んでいた。みんな不信には思ったものの、(誰かの友達だろう。まぁ、みんなで楽しくやろ〜)と思っていたのだろう。それから数分後、タカとSちゃんの靴がなくなった。Sちゃんのものは後から出てきたので良かったが、タカの靴は出てくることはなかった。オーストラリアからずっと持っていたものだけにタカも悔しそうだ。とりあえずはサンダルや靴の中で一番高価と思われる靴を持っていかれたのだろう。
ゴアで2度目の盗難事件であった・・・。



カウントダウン’06

カウントダウン'06

「5、4、3、2、1!!」
というカウントダウンをイメージしていたが、ここは花火だけが合図だった。だから私はしばらく(??)状態。数分後に(あ〜今の花火がそうだったんだ!)と気づいた始末である。
でも花火は数分も続き、鮮やかできれい!
無事、2006年を迎えたのであった!

パーティーは盛り上がる一方。インド人も酔っ払い過ぎたのか、声をかけてこなくなって楽になった。みんな思い思いに楽しい時間を過ごせた。
パーティーは朝になっても弱まることを知らず、逆に寝ていると大きい音で起こされてしまう程だ。だけど、前日も遊んでいる上に睡眠不足。気持ちだけは元気なのだが、身体がガタガタ。宿に帰りたいような帰りたくないような複雑な気分が残った。

気づけば昼近く。フロアは砂埃がかなーり舞い、身体に悪そうだ。
いると思っていた日本人の大半がいつの間にか帰っていた。みんなひっそりと帰るのがうまいなーと思いつつ、3人を残して宿に戻った。
帰ったら完全爆睡である。
パーティーは1日の夜10時まで続く。気合のある私たち(?)は夜8時に復活。他のメンバーは既に来ていて踊っていた。
それなりに盛り上がっているが、フィナーレはイマイチであった。特別な盛り上がりがなく終わり、アンコールもあったが、全く落ち着きのある音ばかりで全然盛り上がらない。でもこうやって静かに終わるのもアリなんだろうか〜?



ゴアの印象

ゴアの印象

周りの日本人たちはしばらくゴアに残ると言う。
3月下旬にトルコで見られる皆既日食を目指すために、時間に余裕のない私たちは仕方なしにゴアを出ることにした。

ゴアは良かった。楽しかった。そんな未練タラタラな気持ちを引きずったまま、代理店に出向きバスチケットを購入したのだった。ほとんど勢い買いである。深く考えてしまったらゴアを出ることなんて出来ない。数日後に出る予定だったある日本人もみんなに引き止められ、ついつい延ばすことにしたとか。
それほどにゴアは魅力のある場所なのだ。

ゴアはインドの中でもインドらしくない場所で、宗教もキリスト教だしインド人の気質も変わる。青いビーチが広がり、自由気風の雰囲気の元、長期滞在する人や毎年のように通い詰めてしまう外国人も多い。
売られているビールでさえもゴア限定さえある。

ここでは誰もが安心し、気楽でいられるパワーがあるのだ。 今年はパーティーに制限があり、不満に思ったシーンも多々あったが、今になって考えてみるとそれはそれで良かったのかな?とも思える。
合間合間が長かったせいで他の充実した時間も増えているわけだし、シンプルなゴアライフもそれなりに楽しめた。 ただ、来年の年末はこれ以上警察の取り締まりが厳しくならないことを祈るばかりだ。ゴアも観光客で潤っている部分もあるので、良いイメージでを維持していかなければならないと思うのだが。


世界ぷらぷら(バックパッカー世界一周)  世界各地を、節約予算(バックパッカー・スタイル)で旅を続ける・・・。世界一周をするまでどれくらいの期間と、費用がかかるのか・・・。世界一周って、そもそもどれだけ回れば自分は納得するのだろう? 難しい・・・。(takaさん)

これからもお二人の旅がどう展開していくのか、とても楽しみです。お気をつけて旅を続けて下さいね!!
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